境界知能やグレーゾーンの子どもを育てていると、
ある時期から、
こんな不安が頭をよぎることがあります。
・いつまで宿題を見ればいいんだろう
・いつまで学校との連絡を続けるんだろう
・いつまで声をかけ続けるんだろう
・いつまで心配し続けるんだろう
そして最後には、
「私はいつまで支援を続ければいいの?」
という問いにたどり着きます。
これは決して珍しい悩みではありません。
むしろ、真剣に子どもと向き合っている親ほど、一度は考えることです。
この記事では、
境界知能の子育てにおける「支援の終わり」について、
少し違う視点から考えてみたいと思います。
支援には「卒業」がないように見える
子育てには、
ある程度のゴールがあります。
一人で着替えられるようになる。
一人で学校へ行けるようになる。
一人で買い物ができるようになる。
少しずつ親の手が離れていく。
ところが境界知能の子育てでは、
この感覚が持ちにくいことがあります。
なぜなら、
困りごとが完全になくなるわけではないからです。
小学生では勉強。
中学生では定期テスト。
高校生では進路。
卒業後は就職。
困りごとの内容が変わるだけで、
支援そのものは続いているように感じます。
そのため、
親はこう思うようになります。
「終わりが見えない」
多くの親が抱えている本当の不安
実は、
「いつまで支援すればいいのか」
という問いの奥には、
別の不安があります。
それは、
「もし自分がいなくなったら」
という不安です。
・自分が支えているから回っている
・自分が声をかけているから忘れない
・自分が動いているから学校ともつながっている
そう感じている親ほど、
将来が怖くなります。
だから支援をやめられません。
休むこともできません。
そして少しずつ疲れていきます。
支援は「終わらせる」ものではなく「形を変える」もの
ここで大切な考え方があります。
支援は、
終わらせるものではありません。
形を変えていくものです。
たとえば小学生の頃。
親が横について宿題を見ていたとします。
中学生になったら、
全部を見るのではなく、
分からないところだけ一緒に確認する。
高校生になったら、
本人が困った時だけ相談に乗る。
支援がなくなったわけではありません。
支援の形が変わっただけです。
「全部やる支援」から「見守る支援」へ
親が苦しくなる理由の一つは、
昔の支援を続けてしまうことです。
小学生の頃に必要だった関わり方を、
中学生になっても続ける。
中学生の頃の関わり方を、
高校生になっても続ける。
すると、
親の負担は減りません。
子どもも、
自分でやる経験を積みにくくなります。
支援には段階があります。
・代わりにやる
・一緒にやる
・見守る
・必要な時だけ手伝う
少しずつ移行していくことが大切です。
親が支え続ける必要はない
境界知能の子育てでは、
親がすべてを背負いがちです。
しかし本来、
支援は親だけで行うものではありません。
・学校
・支援機関
・福祉サービス
・就労支援
・職場
・地域
・本人
さまざまな人が関わることで、
支援は成り立ちます。
親が一人で最後まで支える前提で考えると、
どこかで限界が来ます。
大切なのは、
親が支えることではなく、
支える人を増やしていくことです。
支援のゴールは「困らなくなること」ではない
親はつい、
「困らないようにしてあげたい」
と思います。
もちろん自然な気持ちです。
しかし現実には、
誰でも困ります。
境界知能の子だけではありません。
大人も困ります。
失敗もします。
だから支援のゴールは、
困らなくなることではありません。
困った時に、
助けを求められること。
困った時に、
立て直せること。
その力を育てることです。
いつまで支援すればいいの?
この問いに、
明確な答えはありません。
ただ一つ言えることがあります。
親が今と同じ形で支援し続ける必要はありません。
支援は終わらなくてもいい。
でも、
親が全部を抱え続けなくてもいい。
そのために、
少しずつ形を変えていけばいいのです。
最後に
境界知能の子育ては、
どうしても長期戦になります。
だからこそ、
親が頑張り続けることを前提にしてはいけません。
支援を続けるために必要なのは、
気合いや根性ではなく、
続けられる形を作ることです。
いつまで支援するかを考えるより、
どう形を変えていくかを考える。
その視点を持てるだけで、
親の心は少し軽くなります。
子どもの人生は、
親が一人で支えるものではありません。
親が少しずつ手を離しながら、
支える輪を広げていく。
それもまた、
大切な支援の一つなのだと思います。
子どものことを考え続ける中で、
気づかないうちに親自身が疲れてしまうことがあります。
もし今、支援の方法だけでなく、
「親としてどう向き合い続ければいいのか」
を整理したいと感じているなら。
